張子房塾

経営者の皆様を対象に経営塾を開設しました。今までの経験を中小零細企業経営者支援に全力投球します。

小沢無罪判決の真相

平成24年11月19日、一審と二審で無罪を言い渡された裁判で、検察官役の指定弁護士が上告をしないことによって、三年八ヶ月に及んだ異常な裁判が終了したことはご存知のとおりです。

小沢事件の発端をご存知でしょうか。実は本名は全く別にあったのです。小沢事件は当初全く問題にされていませんでした。標的の事件は2009年に起きました。検察は西松建設の偽装献金問題で、当時長野県の村井知事に二千万円の資金が渡っている疑惑が浮上し、知事の側近中の側近であった右近謙一氏を三日間に渡って事情聴取を行いました。その直後、県庁近くの電柱にロープで首つり自殺を図ったしまったのです。証拠隠滅を計られたと思った検察は万事休すとなりました。

ここから小沢事件の開幕です。西松偽装献金疑惑を捜査する中で、各政党の大物議員数十名に多額の献金が行われていたことを掴んだ検察は、中でも最も多額の献金を受け取っていた小沢一郎氏を標的に選んだのです。以前からマスコミで不正献金疑惑の多い小沢を叩けば何とか有罪に持ち込めると言うストーリーを描きました。正に行きがけの駄賃的感覚での捜査の始まりです。

先ず筋書きに則り秘書を確たる証拠もなく逮捕。そこから小沢を有罪に持ち込む筋書きです。物的証拠があっての逮捕ではなく、検察の描いた筋書に沿った捜査であったため、あってはならない捜査過程での検察の偽装工作が暴露されたり、偽装献金として疑った西松建設献金問題について、ダミーと認定した政治団体が二つとも実在していることが裁判の過程で明らかになったり、4億円の土地購入資金に水谷建設からのヤミ献金が充てられていると推認したが、当時同行した運転手の証言により、水谷建設側の偽証である事が判明してしまった。こんな異常なことまでして強行したが、確固たる証拠を見いだせず不起訴処分。これを不服とした検察審査会が起訴に持ち込んだが、証拠不十分で19日に無罪確定。

小沢は悪徳政治家だ。叩けばほこりが出るという筋書きで進んだ捜査には無理に無理を重ねてしまい、検察不信を招いてしまった。正に国策捜査や冤罪事件と言われても反論できないでしょう。村井知事献金疑惑の濡れ衣を着せられてしまったのです。

無罪確定後のマスコミや評論家の対応に不信感を持った人が多いと思います。3年以上にわたって小沢悪徳政治家論を展開してきたのに、無罪確定後は口をつぐんで黙り戦術。人格を疑われても仕方がないですね。極論すれば卑怯です。

最後まで読んで下さった貴方に教えます。もし、小沢に不正献金による不正蓄財が事実とすれば、何故国税の査察が動かなかったでしょうか。検察と一体となって脱税事件で捜査すれば一発で有罪が確定したはずです。しかし、国税は確かな証拠がない限り査察はしません。噂は単なる噂であった証拠です。小沢代議士は良く耐え抜いたと思います。ぶれない政治家の第一人者と言えるでしょう。